「 もう古尾谷雅人以外には考えられなくなってしまった 」

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■ 最近ライブ行ってないなと思ってどきりとした。前回行ってからまだ1週間だったからだ。自分でも意外なのだけれど、ライブに行くとたいてい誰かと話す。出演者だったりハコのスタッフだったり、話しかけられればお客さんだったり。ほとんど挨拶程度の短いものだけど、それでも初対面の人と話せることにどちらかというと心地よさを感じていた。なんかおれいい感じじゃん、と。そういうアレが回復していると。でも散髪屋に行ってちょっとヘコまされた。話したくないという気分が働いているせいも大きいが喋れなかった。適当に相槌を打つのが精一杯。そんな気にすることではない、誰の日常でもあることだ、と思いたいけれど、いまの自分にはそういうふうに思えないのだった。ライブに行くことは酒や薬で一時的に意識を変えることと同じかもしれない。だからそこでは自失して気持ちよく喋れるのだ。理屈をつけた感想を書くのはその言い訳だ、アリバイだ。という自虐的な言い訳をしてですね、今日は台風に直撃されながら1週間ぶりのライブに行きます。徒歩10分のなってるハウスでカナリアとmmmです。ちょー楽しみなんですけどー。

■ 『それでも、生きてゆく』は脚本をはじめとしたディレクションの心意気と俳優の気合いが一塊になったドラマだった。愉快か愉快じゃないかといえば決してそういう意味の愉快なドラマではなかったし、疲れた毎日の息抜きに見るような、いまのテレビドラマに求められているらしいタイプのものではなかった。それでも、『それでも、生きてゆく』はいま作られるべきドラマだったと思う。いま作ってくれてありがとうと言いたくなるドラマだった。これは人殺しと彼に関わった、関わらざるを得なかった人たちの話ではない。理不尽な出来事に見舞われた人々の個別の物語と関わりを丁寧に綴ること、それが震災と原発事故に傷ついた心象を意識していなかったはずはないだろう。あの日から想像力のスケールを持たなければ、とよりいっそう思うようになった。大文字の世界から日常の世界までをトレースできる想像力。このドラマをドライブさせたのは日常の力だったと思う。山田太一のドラマがそうであるように。ちょっとした会話や小さなエピソードが過去の日常と未来の日常につながっていた。逃れられないことにおいてそれはきついことでもあるけれど、その連続だけが大文字の世界に接続できる回路なのだと思う。だから私たちは、それでも、生きてゆく。それでも、食事を作り、食べて、味噌汁を飲む。毎回のように滑稽なほど食事のシーンがあったのはそういうことなのだろう。

■ 『それでも、生きてゆく』はそんなことを考えつつも俳優たちの演技を、セリフの妙を堪能させてもらったのだけれど、加害者の父親役だけはどうにも興醒めで、誰が適役だったかと考えていて思い浮かんだのは古尾谷雅人だった。さらに『ヒポクラテスたち』を思い出したらもう古尾谷雅人以外には考えられなくなってしまった。返す返すも残念なことです。

■ 東京に台風が近づいている。ちょっと怖い。




なー、ゴマ。d0075945_121222.jpg
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by gomaist | 2011-09-21 12:07 | 日日


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