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「 マームの、藤田くんの 」


■ 「明けましてマームとジプシー2012」と題されたイベントに行ったのは13日金曜日のこと。清澄白河SNACを会場にして、2011年に上演されたマームとジプシーの5作品の記録映像を3部構成で上映し、一部ごとに作演出の藤田貴大氏とライターの藤原ちから氏、2部からはSNACオーナーでもある桜井圭介氏も加わってトークが行われた。入場から9時間あまり、14時開演から22時半過ぎまでマーム漬け。SNACは椅子を置くと30〜40人ほどで一杯になってしまうギャラリーだが、毎回立ち見の方も出る満席で各部の終了時に入れ替えがあるものの、半分近い人は9時間フルに全作品&トークを観賞していたと思う。全部見る人なんているのか?自分くらいじゃないか?と思っていたのでちょっと驚いた。本来は生で上演される演劇作品の記録映像とは言え、まとめて見られたことには意義があったし、とてもおもしろかった。すごく疲れたけどね。

■ 例によってツイッターのほうで感想は散発的に書いてしまったのだけれど、マームの、藤田くんの発明とも言えるシーンやセリフの執拗な反復(藤田くんいうところの「リフレイン」)や複数カメラのカット割のようにひとつのシーンを全方位から見せる視点の転換、エディット手法など特有の話法が2011年4月の『あ、ストレンジャー』から6月〜8月の3部作『帰りの合図、』『待ってた食卓、』『塩ふる世界。』、10月の『Kと真夜中のほとりで』(以下『K』)に至る短期間に劇的に変化し深化していったのが一気に観賞して俯瞰的に見ることでわかった。また鑑賞者にも一種の苦痛を強いる『K』の過剰な世界に到達したのは凝縮された時間で狂的なまでに自分たちを追い詰めたからこそだろうことも想像できた。「演劇ってそんなもんだよね」とまわりの軽い認識を越えたかったという藤田くんの心意気と確信犯的な独善(彼は役者だけで稽古することを禁じ「役者は演出家の言うことだけ聞いていればいい」と言い切る)に私は感動する。いま信頼に足るのは民主的な最大公約数的な表現ではなく個人の深いところに根差し独善をゴロリと掘り出したような表現だと思う。

■ いま「自分たちを追い詰めた」と書いたように、新しい話法(とはいえ、どんな表現もそうだが先行する作品のコンテクトがあっての「新しさ」であり「発明」)の獲得と変奏と深化にはこれもマーム特有の俳優の身体的な酷使が伴っていて、わずか半年間あまりで5本の新作をほぼ毎月上演したというのは演出家にとっても俳優にとってもとてつもないことだ(全作品に出た俳優は2名)。なにしろ一作見るだけでへとへとになっちゃうような作品なのだ。「どんどん役者とは仲が悪くなっていった」「楽日も打ち上げはなく終わったらみんな帰る」と笑いながら藤田くんは言っていたが、演劇の現場を知らない私でも想像するだけで胃が痛くなってしまう。

■ 当然藤田くんも好き好んで趣味で役者を酷使しているわけではなく、昨年10月『感情教育 犬』(さらに『K』の直後に名義は「演出藤田貴大」の外部公演だったものの、実質的にはマームとジプシーの新作をもう1本上演している。もはやおかしい)を見た直後に「役者を執拗に動かすのは映画の長回しのようなことで、そのときはじめて出てくる身体表現を俳優から引き出すためだろう」という意味のことをツイッターでも書いたのだけれど、『K』の上映後トークで藤原ちから氏が同様のことを言っていて藤田くんは大きくは同意してなかったけど、映画のたとえがピンときてなかっただけでそうした意図はまちがいなくあるはずだ。さらに言えば役者を酷使し追い込むということは演出家自身にも同様の負荷が、あるいは役者は演出家を信じることがモチベーションなり指標にはなるけれども、演出家の先には誰もいない、自分の中だけにあるビジョンしかない、という意味で役者以上に過酷なのではないか。「今日は新年会のつもりでみなさんと楽しみたい」と開演時に言っていた藤田くんは5作品めの『K』のあと「最後つらくて吐きそうになった」と言っていた。そりゃそうだよなと思ったよ。

■ つい作る側に感情移入して作品そのものから受けたものを後回しに考えちゃうのは自分の悪い傾向ですが、話法の面ばかりが取りざたされるマームとジプシーだけれども、トークでも話題に上がった「How」ではなく「What」、何を語るかという点、物語づくりにおいてもマームは優れている。もちろん「How」と「What」は両輪で二つが噛み合って作品の訴求力は生まれるものだとは思うし、私は常々内容なんてどうでもいいという見方をしていて、でもそれは本当にどうでもいいわけではなく、内容は書けて当り前だと思っているからだ。書けなければ拾ってくればいい。原作でも実際の出来事でも。描きたいことがあるから表現しているのだろうから、身も蓋もない言い方すれば内容はなんだっていい。それが見る側の中に着床したときに特別な何かになってくれればいいのだ。えらそうなこと言ってますけど多分まちがっていない。

■ 藤田くんは個人的な体験や記憶を作品の手掛かりにしている。きわめて個人的なモチーフを普遍性のある物語に織り上げる技術を持っている。たとえば『待ってた食卓、』に顕著だが、この作品はいわゆる家族モノで彼個人の記憶が断片的に使われているらしいが、故郷と東京の往還、子ども時代の風景、母の不在、父の死、姉妹関係といったかなりベタな、ストレートな物語構成を持った作品だ。作品の構想時に藤田ちから氏に「『北の国から』をやりたい」と言っていたらしいが、たしかにそれらしいエモーションがある仕上がりになっている。そのストレートな物語をマームの手法(反復と編集によるメタ視点の導入など)で表現しているからベタが一回転して物語世界にアクセスできる回路が開かれベタに泣かされたりもしてしまう。またマームの手法のベースには師匠平田オリザから薫陶を受けた藤田くんの基礎的な物語づくりと舞台演出のテクニカルな背景があるのも強みだと思う。

■ そうした言ってみれば鍛錬で身につくテクニカルなものだけでなく、私が感銘を受けるのは具体性を伴った物語にアナロジーを忍ばせる洗練された手際だ。「待ってた食卓」が震災後の心象に重ねられているのは言うに及ばず、過去に少女を海で救って命を落とした従兄の存在/不在が作品の真ん中に解けない謎のように暗い穴を穿っていて、そこに実際に当時助けられた少女が都合よく(それが故に不可解に。象徴性をもって)従兄の弟の前に登場し、彼の死を無効にするようなやりとりが交わされた後で一家の食卓を一緒に囲むのだけれど、従兄の死はただの死として、ただの穴として強調されることになる。実はここに藤田くんの「What」があると思うのだけれど、物語においてはやや後景におかれており、直接的に語られないため観劇後の余韻を深めるイメージとして効果的に利いてくる。

■ 人の死は人の人生に暗い穴を開ける、人はその穴を見つめながら欠落の意味を抱えて生きることになる。しかし一方で死は生命現象の一環でしかなく、そこに意味はないし、その先も生きていく自分にはなんの関係もない、関係なく生きていくことができてしまう。『待ってた食卓、』の従兄の死が象徴していたこの分裂における感情の軋轢と解答のない問いに向き合うことの不条理さが生の意義だと藤田くんは考えているのではないだろうか。これは続く『塩ふる世界。』、『K』でさらに作品の中核に据えられ、なおかつ具体的な物語が反復的円環的に進行していく中で、死が死のまま、失跡が失跡のまま、具体を伴いながら徐々に抽象性と象徴性が高まっていくより複雑なつくりになっている。そこでのセリフや小道具、風景描写におけるアナロジーの繊細な重ね方、具体と抽象の復層的な物語構造をシームレスに紡ぐのは技術だけではなく、ここまで観念的なことばかり書いてきていっそう曖昧な表現に帰結させてしまいますが、センスがクオリティを左右すると思う。マームとジプシーはそのセンスが抜群にいい。

■ 藤原ちから氏も言っていたが、話法の斬新さだけではなく、物語の書き手、作り手として、藤田くんとマームとジプシーはもっと語られてもいいと思う。ただちょっと気になるのは、他の若い演劇にも感じることなのだけれど、感情の表出や感傷の扱い方が無防備すぎやしないかということだ。話法によって脱臼させられてはいるものの、扱われる感情はときにいたたまれないくらいにストレートだったりする。「ベタ」への感じ方のちがいだろうか、好みの問題かもしれないがマームに限らず「おお…」とひるんでしまうことがしばしばある。

■ 「長いから読んでない」と友人に言われたのにまた長く書いてしまった。私も思ってますよ、誰が読むんですか、こんなものを。それでもまだ書き足りないけど今日はここまで。あ、ずっと「藤田くん」と書いていますが、面識はなく一方的に親愛の情を込めて「くん付け」で呼ばせていただきました。


 私たちは 終わらない 真夜中 を 終わらせないと いけません 『Kと真夜中のほとりで』(ダイジェスト)




なー、ゴマ。「 マームの、藤田くんの 」_d0075945_19411421.jpg
by gomaist | 2012-01-15 20:06 | 演劇


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