「 汚れた心ばかりが/6つめ/八月、蛍。」


■ ゴマとは別々に寝ていて部屋の戸も閉めて行き来できないようにしている。なぜなら鳴くし歩き回るし落ち着かないからだ。しかし朝たいてい決まった時間に戸の前で鳴く。開ければさっと入ってきて脚の上に寝転がるときもあれば、撫でろ撫でろとにゃーにゃー鳴いてしつこかったりもするし、ただ戸の向こうに私がいることだけ確認して入って来ないときもある。それでも戸を開けずに放っておくと30分近く鳴き続けたりしてうるさい。そのうち諦めてどこか別のところに行ってしまうのだけれど、たまに別のところでぼんやりしてるときに私が部屋から出てきたのを見つけると、はっとした目をして鳴きながら駆け寄って脚にすりすりするのがかわいくてたまらない。それが自分の子どもだったりかわいらしい女性(例:ガッキー)だったりしたらどうかと置き換えてみても、きっとこんなにも愛おしい気持ちにはならないと思う。むしろそれはちょっとうっとおしい。おそらく犬や他の動物ともちがう。私にとって猫は特別で、ゴマは特別で、6歳になるいまも一日に何度「かわいい」と口にしているかわからない。ゴマを愛おしいと思うことで自分の中のまだ清廉な部分を確認して安らいでいる節もありそうだ。対人間には汚れた心ばかりが動いてほとほと疲れた。

■ 前回から半年も経っていたとは思わなかったが、また小説のようなものを書いたので載せます。週イチペースで書くとか言っていたのになかなかむずかしい。今回はいままでで一番小説っぽい体裁になっているかと思います。でも「小説」ってのがなんなのか、私にはよくわかってはいないのだけれど。今回もBCCKS版とそのまま載せるブログ版との2形式で。内容は同じ。過去5作もBCCKSとブログに残してあるので暇な方は探して見てやってください。(*なぜかBCCKSはバグが出てアップできず。とりあえずブログ版だけ以下にアップ。)



なー、ゴマ。d0075945_1452880.jpg

















 八月、蛍。



人口八百人弱のA町で唯一海抜六百メートルを越えるA山に源流があるA川は地元随一の農作物である山葵を育む清流として土地の人々に保護されてきたおかげで生活水としても利用できる美しさを保っている。上流には古くから岩魚や山女が棲みつき、夏場は体躯が見事だと評判のサカナに惹かれて近隣からの釣り人で賑わうが、近年になって里山で見られるようになった蛍がそれ以上の観光客を呼ぶことになったのはA小学校教師を中心とした地元青年団有志の尽力によるものだった。

ある年の八月。

A町に生まれ育ったIは十一回目を迎えた蛍祭りでB町の中学校に通いA町のC学習塾で同じクラスのDと初めてのキスをする。驚いて一歩下がったIの白いバンズのスニーカーが草が繁った河原の縁に落ちたが、同じく初めて女性の唇に触れたDはそれに気づかずさらにIを押して二人とも靴のまま川の中に足を入れ、お互いの顔を見ないで笑ったIの手の中ではその間ずっとDが採ってくれた蛍が身動きせずに発光していた。とくに好きでもなかった相手と唇を重ねたことにIは動揺したが、キスの直前に明日の誕生日を知って蛍を握らせてくれたDと二人はこの日から恋人としてつき合うようになり、翌年三月にDの父親EがA町の土地開発に伴う土木作業中にクレーンの誤操作事故で亡くなったのを契機に疎遠になっていく。このときIのスニーカーが川底で踏んでいた小石のひとつは十二年前にA小学校の教師だったFが二人がキスをした場所より少し上流の河原で投げ入れた泥岩で、FはA町を蛍の町にするべく町興しに関わった有志の一人だったが蛍の幼虫を放流する作業をし終えた夕方の河原で足下にあるすべすべした平たい石を選んで放り川面を跳ねさせた数ヵ月後に女子水泳部の部室にビデオカメラを仕掛けた盗撮事件が発覚する。ビデオ撮影が趣味だと公言し学校行事でも自ら志願してビデオを回していたFはすぐに疑いを掛けられたものの最後まで犯行を認めなかったが、同僚が偶然にFのUSBメモリから大量の盗撮動画を発見してしまい、そのことを同僚から密かに告げられたFは依願退職の形で学校を去り町の人間はその後の彼がどこで何をしているかは知らないまま、数年後に小学生女児を自宅に軟禁し裸を撮影するなどの猥褻行為で逮捕された報道にFの名前と顔写真が上がる。犯行の常習性から過去に暮らしたA町にも捜査が入るが異常性愛について口にするのが憚れたせいで一時の噂で終わり、すぐにまたFの存在は忘れられていく。日が傾いた薄暮の河原でFが石の水切りをしていた姿を少し離れたところで見ていたのがUSBメモリに動画を見つけることになるGで、彼女はFと同じ歳の音楽教師でありこの年二歳になったばかりのIの母親でもあった。数学教師でどこかとっつきにくい神経質さと冷徹さを感じさせ周囲に敬遠されたFの少年じみた純朴さをGは早くに見抜いていて、小さな町の中学校に勤務する同じ歳の若い教師同士として親しみを持っていたがその親密な感情が恋愛感情に近づいていることにはあえて鈍感でいるように努めていた。三年前にA町とB町の青年団が合同で主催した親睦会という名の合コンで知り合ったHと結婚してすぐにIを身ごもり産んだGは結婚にも家庭にも不満はなく、産休期間を終えて音楽教師としても自分のやり方がつかめてきた時期に恋愛でそうしたすべてを犠牲にする気持ちにはなれなかった。A町B町合同の会で意気投合した相手が同じA町の歳も二つしか違わない男でありながらGは顔も名も知らず、それくらいに容姿は冴えず生活ぶりも目立たない地味なHだったがA町郵便局での仕事ぶりは評判が高く、HはGのことを親睦会以前から知っていた。Hは郵政民営化が現実的になり始めた頃から一局員として出来るきめ細かなサービスをいっそう意識するようになり、まずは郵便局を訪れてくれる人を出来る限り記憶しようと心がけ、実際に人口数からも局に来る人は限られていたためにそれはさして難しいことでもなかった。Gは記念切手の発売日にたいてい訪れる一人で、言葉を交わしたことはなかったがいつもそれを1シートだけ買っていくGが切手を受け取るとうれしそうな表情でそれを見つめてからゆっくりと代金を財布から取り出すのがHの印象に残り好感を持っていた。GのほうはHと知り合ってからその話を聞かされたときにも記憶と結びつかず申し訳なさそうに笑ったが、Hはむしろ彼女の記憶にないことで知り合う前のGへの密かで淡い恋心を自分だけの思い出にできている喜びを感じたものの、ゆっくりと降り重なる生活が若く繊細な感情の感触を奪っていくのにたいした時間はかからなかった。結婚後は記念切手が発売されるたびにHが1シートを家に買って帰ったがそれはやがてGの手に取られることなく専用の箱に直接仕舞われていくことになる。HはGが癌で六十を前に亡くなり定年退職を迎えても記念切手を買うために郵便局に足を運び、あるとき局内の掲示板に貼られた蛍祭りのポスターを見るともなく目にし、東京で夫と子ども二人と暮らす娘の一家は今年もその時期に合わせてA町に来るのだろうかと、一カ月を切ってもまだ連絡がないことを少し寂しく感じている。

ある年の八月。

いくつかめの石を投げたFは突然大きな声を出し、その声を聞いたGは川に向かって立つ影になったFの後ろ姿を見る。FはGを振り返り、見て、光ってる、光ってるよ、と子どものような歓声を上げた。河原の後方では街灯が弱い光を放っていてGはその中にいたために目がFのいる場所の暗さにすぐ慣れなかったが、Fが、ほらっ、と指差すあたり、川のほうにじっと目を凝らすと闇の中で小さな無数の黄色い光が草の間に間にゆっくり浮かび上がってきた。それは彼らが放った蛍の幼虫が発する光で目が馴染むにつれて徐々に光は強くなり、草の間だけでなく黒い川面に揺れている様も見え、ほんの一画にしか見えなかった光はFが手を広げた範囲よりも遥かに広く十メートル以上にもわたる幅で一面に光っているのがわかった。Gは興奮して小走りにFのところまで行き、すごい、とFの素肌の腕に手を添える。腕はじっとりと汗ばんでいたがGは手を離さずFもその手を外そうとしなかった。この町、きっと蛍の町になるよ。Fは投げ入れようとしていた石を強く握ったままそう言った。Fが女児への猥褻行為で有罪となり収監された拘置所にGは一度だけ手紙を送った。蛍がA川に育って棲息し町の名物になったこと、その光景の美しさ、人々の賑わい、そしてあの夏に見た蛍の幼虫が川一面に光った光景をいまも思い出すことなどを簡素な文章で書き、封筒には箱の記念シートから一枚だけ切り取ったゲンジボタルの切手を貼ったがFからの返事はなかった。そこから数十メートル下った橋の上には蛍の幼虫を放流していると聞いたEが二歳の息子のDを連れてB町から見に来ていたが彼らの目には幼虫の光は見えず、そこに男女が寄り添って立っているのだけはわかったがDはもちろんEもその日のことは数年後には忘れてしまった。IはDに採ってもらった蛍を家まで手のひらに包んで連れていき、本当は蛍は採っちゃだめなのよ、と叱るともなく言う母親に出してもらった古い虫カゴに、でももう一匹採ればよかった、一人じゃかわいそうだし、と言いながら入れた。GとHはIが独り占めしようとするカゴの中を遠巻きに見ていたが彼らが光る様子を目にすることは一度もなく、蛍は二日後の朝、Iの誕生日の翌日にカゴの中で仰向けになって死んでいた。

ある年の八月。

Iはベッドの横に虫カゴを置き、灯りを消して時折光る蛍を見ながら眠った。

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by gomaist | 2012-08-18 02:10 | #テキスト


ゴマと日日と音楽と。


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