溜池界隈/七針/山本精一の歌


猫のだいちゃんが住んでる溜池界隈は首都高が並行する六本木通りが走り、アークヒルズやANAインターコンチネンタルホテル(旧東京全日空ホテル)をはじめ、溜池山王駅や六本木一丁目駅が出来た前後からはさらに開発が進み、オフィスビルが林立している。しかしこのあたりは元々古い住宅街であって、ひと昔前(ふた昔か?)トマソン物件の都市観察学会の調査において最も有名な写真のひとつとなった煙突の上から魚眼で撮られた一枚は現アークヒルズのある旧 谷町の銭湯で、アークヒルズ着工前(着工は1983年)の住宅が密集した古い町並みを捉えている。

30年を経た大規模開発の果てに当時の町は見る影もないかというと案外とそうでもなく、特に六本木通りから赤坂側、首都高・六本木通りを挟んだアークヒルズの向かいの一画は裏に一本道を入るだけで昭和期の古い民家がいまも何軒か残っていて、開発地の喧噪と隣合わせになった別の「生活の場」がある。だいちゃんの散歩コース、テリトリー自体は赤坂ツインタワー敷地内と周囲なのだけれど、溜池の一般イメージしかない人からしたら、あのあたりで外飼いの猫というのが奇妙に思えるかもしれないが、けっこう安全かつ快適な棲み場なんじゃないかと思う。もう一匹、それはどうやらほんとに野良で、でも近隣の人が面倒を見ているようなのだけれど、古い八百屋のところにシロクロ鉢割れの猫がいて、日当りのいい日には屋根の上やアパートの鉄製の外階段で寝ている姿を見かける。

アークヒルズのことをちょっと調べていたら、立地は溜池だし谷町だし、つまりアークヒルズが建っているのは窪地で(実際溜池には昔本当に「溜池」があった。大雨が降るといまでも溜池交差点は冠水し溜池山王駅に流れ込むだけでなく構内では日常的に雨漏りがする)、さらにそこから六本木方面に向かって徒歩15分くらいは離れた場所にある六本木ヒルズが建っているのは北日ヶ窪町で、溜池から向かうと割ときつい坂を長く登るので気づきにくいがここもまた町名が示すように窪地だ。アークヒルズと六本木ヒルズ、どちらも窪地に建てられたにも関わらず「ヒルズ(丘)」という名称を付けるのはいかがなものかと、森ビルに対してなんだか本気で怒っている人がネットにいてどうでもいいけど笑った。





昨日はインフルエンザで滞ってしまった仕事のツケに追いつめられて働いた後で、夜から八丁堀の七針へ行った。かえる目と田中淳一郎+村野瑞希+會田洋平のツーマン。開演ギリギリに入ると予約でソールドアウトになった会場は満員。今年はじめてのライブになったが、かえる目は細馬氏のソングライティングと歌がますます深化し(新曲どれもよかった。1曲目はaiko「アンドロメダ」のカバー!)、木下“岡村ちゃん”PRINCE氏のボーカルと変態バイオリン、宇波氏の控えめながら豊潤な鳴りのギター、バンドを存在感で包む中尾氏と、いよいよ凄いことになっている。また初披露だったか田中トリオ(バンド名未定)のミスチルオマージュも、本気でこんなことやっておもしろいでしょ?という衒ったそれではなく、元々ミスチルファンの田中さんと會田さんがミスチル的オリジナル曲を名曲然として本気で演奏するなかにズラシの気配を絶妙のバランスで配合しているところに得も言えぬおもしろみと快楽があり、私はほんとにずっと笑いっぱなしだった。ザ・なつやすみバンドのドラマー、ミズキちゃんの加入がこのバンドの妙味のポイントにもなっている。久しぶりに見たミズキちゃん、かわいいからきれいになってて、おっちゃんときめいたよ。そして今日も連日のかえる目@七針へ。対バンはmmm。楽しみだ。





ひとばんじゅう まんじりともせず
愛のことで 愛のことで
明るい昼 が ボクをつかまえた
しらないまに ねむりこけて
また しごとに おくれたな
おやかたはいう オマエは首だ
そしてボクはベッドにもどった

そしてたのしい 夢をみた
君の頭を 君に頭を
ボクのうでを 下にした

《「失業手当」詞:高田渡/原詞:Langston Hughes/訳詞:木島始/曲:高田渡》

この高田渡のカバーも入った山本精一『山本精一 カバーアルバム第一集』が素晴らしい。比較的有名曲が多く含まれたカバー集だからということもあろうかと思うが、「思い出す」という感情をどうしようもなく刺激される。しかしどうも私は何も思い出してはいないのだ。ただ「思い出させられる」という感覚だけがこのアルバムの演奏から起ち上がってくる。記憶の形さえとどめていないある空気感を想起するような懐かしさともちがう。聴く度に名付けられない感情のざわめきが全身を流れる。

ここでの山本精一の歌はゴロンと現れる空虚のようだ。ただ空虚な存在は確かな穴としてそこに穿たれていて、それは羅針盤やこれまでのソロ作で聞かれる山本精一のオリジナル曲とはまた別の魅力があり、もっといえば歌声にこれまでにない強い確信が感じられる。もしかすると山本精一は自分の言葉を信じていないのではないか。自分のなかには本来ない外在化した言葉に与えられた意味と、そして音だけが彼の人が信じられることなのではないだろうか。一聴するとごくシンプルな、弾き語りと言っていい音づくりは異様なまでに凝っていることにすぐ気づかされる。おそらく楽器はギターのみだがボーカル録りも含めアレンジとアンサンブル、録音の質は極点に達していると思う。




なー、ゴマ。d0075945_1443469.jpg

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by gomaist | 2013-02-03 14:18 | 日日


ゴマと日日と音楽と。


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