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「 感想つづき 」


■ 庭劇団ペニノ『誰も知らない貴方の部屋』の感想つづき。もろにストーリー書きます。

■ 客電が落とされ幕が横に開くと薄らと見えてくるステージは天井が150〜160cmくらいの狭い部屋で、おとぎ話の絵本に出てくるようなちょっとガウディっぽい内装。ただし中央に置かれた大きな椅子は男性器(みなさまご存じのいろいろな呼称がある中で今回のイメージは「陰茎」がしっくりくる)を模したもので、左右対称に置かれた跨がる形の椅子もまた陰茎(起き上がりこぼし的に「くっ…くーんっ」と前後に揺れる様がリアル)で、以降美術の細部にわたって陰茎モチーフが使われていることを知る(壁の電源のスイッチ部も1cmくらいの陰茎型になっていた)。前回も引用した上演パンフ(二つ折のペラ)で『誰も知らない貴方の部屋』が性的ファンタジーであることはあらかじめわかっていたことだが、狭い空間に溢れる大小様々の陰茎にはなかなか圧倒される。と、同時に滑稽さも、もっといえば哀れさもそこには感じられるのだけれど、それは男性視点かもしれない。

■ 舞台となっている部屋は主人公の<受験生>の妄想が作り出した世界であり、陰茎は彼のリビドーあるいは去勢不安の象徴として現れている。その世界は<受験生>と住人である<食欲のストレスが生み出した豚の妖精>と<睡眠のストレスが生み出した羊の妖精>が共に、受験生の愛する<兄>のために設えた部屋だ。彼らはそこで<兄>の誕生日パーティーの準備を進めている。

■ 俳優が直立できないほど天井が低く精緻な美術に飾られた舞台は絵本的な異世界を現出させるとともに、俳優の身体を抑圧する装置としても機能している。マントを纏った<豚の妖精>と<羊の妖精>はイヒヒとそのまま文字に書き起こせるようなステレオタイプの発話で腰を折り曲げたまま、陰茎椅子を磨いたり、奇妙な食事をしたりして、妄想の異世界へ観客を惹き込んでいくが、何幕めかにおいてやや高い位置に設定されていた舞台板の下部の幕が開き、そこに横になった<受験生>が現れる。上部が150〜160cmくらいだとして、その空間の高さは50cmあるかないかくらい。上部が青暗い幻想的な照明なのに対して、下部は白い光で壁一面が白タイルで覆われており、医療器具の並んだそこは古い病院の手術室か実験室を思わせる。上部が妄想の異世界だとしたら、下部は現実世界だろうか。だとしても現実世界もまた妄想世界同様に、あるいはそれ以上に歪んでしまっている。

■ <受験生>は入試を一週間後に控えながら愛する<兄>の誕生日のために<兄>の頭部と思われる原寸の精巧な模型をいくつも造り悦に入っているのだけれど、態勢はほぼ腹ばいで身体の自由は拘束的に限定されており、そこに小さな扉からやはり腹ばいで<兄>が入ってくれば模型そっくりの長髪の髭面で太ったランニング姿はだらしなく、<受験生>が崇めている存在とのギャップが甚だしい。どうやら<兄>は医者でその部屋は手術室のイメージが反映されているようだ。<兄>の頭部模型は首部がやはり陰茎になっていて、性的抑圧の象徴としての<兄>であることも示されるが、上部と下部の空間が床の開閉で行き来が可能であるのが見ている側に明らかになったとき、妄想世界/現実世界の対は壊れ、<兄>も<妖精>と同じ妄想世界の住人かもしれないことが暗示される。しかし<兄>は太った腹が邪魔して床の戸を抜けることが出来ない。上部にいる<受験生>と妖精たち、半身を床から出した<兄>が誕生日を祝って陰茎型のリコーダーで「カノン」の合奏をする(音階のパートも分けた見事な演奏)場面のばかばかしさには笑ったが、ここでの「カノン」はパッヘルベルというより戸川純、「蛹化の女」だと感じた。

■ ラスト前<兄>のいない部屋で<受験生>は兄の頭部模型(しつこいようだけれど首が陰茎)を股間に付けて「にいさん」と叫ぶのだけれど、その模型の眼球が生きているように左右に動く。ここでいよいよ<兄>も妖精たちのように彼の妄想世界に属する存在であることを思わせ、妄想の部屋では変わらずに妖精たちが陰茎椅子を磨く姿で終幕となる。つまり物語はどこも目指さないしどこへも進まない。妄想世界は妄想世界のまま、外界との接続の予感ひとつなく、閉塞して終わって(続いて)いく。

■ 兄をエディプスコンプレックスの象徴として描いた物語があるかどうかは知らないが、とりたてて新味のある物語とは思えず、まして舞台美術を陰茎だらけにするなど表現としては非常にストレートだ。『誰も知らない貴方の部屋』とは「貴方も知らない貴方の部屋がどこかにあるんじゃないか?」というこっそりと囁かれる問い掛けで、タニノクロウ氏は<まぎれもない「貴方の部屋」なのだ>と書いているがここで描かれる部屋は少なくとも私の部屋ではなく、やはり氏の部屋(もしくはそのように設定された部屋)であって、まさに見世物小屋的な覗き趣味を刺激される以上の物語はここにはない。しかし『誰も知らない貴方の部屋』がおもしろい作品であって、創作の姿勢としても肯定したいのは、まず2012年にあって反動的なまでに政治的な態度である点だ。

■ <受験生>を日本に、<兄>をアメリカに置き換えるようなアナロジーが成立したとしても私がこの作品を政治的だと考えるのはそうした小手先のことではなく、創作の態度の問題だ。それが有効か無効かは別として、いま社会問題に言及するのはむずかしいことではない。それをネタとして捉えるならばむしろ簡単な選択だと思う。逆に大文字を照射するために意識的に半径3メートルの日常を描くのも同じことだ。タニノクロウ氏があえて<何のメッセージを発することもない>として描いたのは半径数ミリもない完全な内的世界で、<そこにはあらゆる「生き物」の根源がある>と説く。つまり2012年における芸術(恥ずかしい言葉だけど)の領分として氏は確固たる意思をもって妄想世界における抑圧された性的ファンタジーを描くことを選んだ。その態度が結果的に政治的であることは折り込みのはずだ。原発や震災に言及する作品の姿勢と同様に意識的である点において、氏の態度は支持したいし、メッセージばかりが取り沙汰される風潮の中で、そこを芸術が死守しないでどうするよ、というところに重心を置いた創作姿勢に共感した。

■ もうひとつは妄想世界を妄想世界たらしめ、ダークファンタジーをビジュアライズした舞台美術のクオリティ。これは観劇されたみなさん言うが本当に素晴らしい。あれだけの密度のものがマンションの一室に存在していること自体、それだけでも作品として成立している。細部に至る装置の造り込みだけでなく、幕の転換を知らせるタイトルが表示されるLEDの使い方もアナログな美術との対比が見事だった。さらに何より驚かされたのは音響設計。窓の開け閉めによる室外からの音の変化、舞台下部での台詞の反響、暗転でのイメージを広げる音の定位、SEと俳優の動きのシンクロ度など、美術がすごいというのは事前情報で知っていたので「なるほどすごい」という納得の驚きだったが、音響には意表を突かれかなりしびれた。演劇作品であれほどの高度なミキシングっていますぐに例が思い浮かばないくらい素晴らしかった。これら物語と不可分のクリエイティブが徹底していたからこそ『誰も知らない貴方の部屋』は私には楽しめる作品になっていた。

■ 余談ですが、20数名の客の中に母親と思われる方と来ていた制服の女子(高校生かな。かなり幼く見えたけど)がいた。今日ももう何回書いたかわからないくらい陰茎だらけの作品で、天井からは精液のようなものが滴り落ちたりもするそれを彼女は観賞していたわけで、あまつさえ終了後はお母さんと一緒にスタッフの話を聞きながら陰茎椅子の先っちょのとことを「くーんっ」と押したり撫でたり、陰茎チェス駒をつまんだりしていて、すぐ横にいた私は「いやはやどうも…」というエロい目で見ていたことを付け加えておく。お母さんも「さわらせてもらいなさい」「壊しちゃだめよ」とか言っていて笑ってしまったよ。観た方しかわからない話ですが、あの揺れる陰茎椅子は既製品で販売されているものだそうです。

■ 気づいたら前回から一週間経ってしまった。『ニーチェの馬』の感想とか書きたいことはまだまだあるのにな。明日はチェルフィッチュ『現在地』を観にいく。




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by gomaist | 2012-04-21 02:25 | 演劇


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